香水の起源、フレグランスの歴史を振り返りましょう!④

当ブログの、歴史シリーズ、当初の予定は3回程度でまとめようかと思ったのですが、気になる事が多すぎたので、四回目にまでなってしまいました。。。

今回取り上げるのは古代ローマ。現在にまで通じる文化が生まれたり、有名な皇帝や学者が何人も生まれたり、贅沢をしまくる市民等々、色んな要素がないまぜになっていて、混沌としたイメージをもっているのですが、やはり古代ローマでもフレグランス類は珍重されていたようです。

15世紀にヨーロッパに普及した「博物誌」(自然や芸術~ファンタジーな生き物までまとまった本)の中に、香水が頻繁に現れます。この博物誌を書いたのが、古代ローマ帝国博物学者、政治家、軍人であるガイウス・プリニウス・セクレドゥスという人物です。彼は香水を無駄な物とする一方で、自然から生み出す芸術品としての存在意義は認めていたのかもしれません。

そして、暴君として名高い皇帝ネロも、薔薇を愛し、テーブルの上にパイプを走らせ、薔薇の香油を下に落としたり、二番目の妻が死んだ際は、死体を香油に漬けたりしたようですよ。使い方の規模が半端じゃないです!

 

perfume」=香水 という言葉がローマで生まれた様に、古代ローマ人にとって香りは大事なものだったのでしょうね。